ドイツ語の「状態変化動詞」-「使役交替」を軸に-
カン・ミンギョン
本研究は,現実世界の出来事がドイツ語においてどのように語彙化されているのか,またそれらの語彙が実際の言語運用の場においてどのように用いられているのかという問題意識のもと,「状態変化動詞」を取り上げ,その語彙的体系および文形成の有様を具体的に記述したものである。とりわけ統語現象「使役交替」を軸とし,「状態変化」の出来事が,<使役的表現>と<非使役的表現>の可能性をめぐって,どのように捉えられているのかを考察した。
本研究の構成は,全6章からなっている。以下に,各章の概略を述べる。
第1章では,問題提起,方法論を含む本研究の概要を示した。
まず,最近の言語研究の動向を概観しつつ,言語運用分析の重要性について述べた上で,本研究をドイツ語動詞の使用実態分析の一環として位置づけた。
次に,研究対象として「状態変化動詞」を取り上げ,個々の動詞における「使役交替」の可能性およびそれに関与する意味的特性について問題提起を行った。そこでは特に,動詞そのものの意味だけでなく,動詞と結合する名詞の意味内容も含めて分析する必要性を指摘した。
なお,各動詞がどのような名詞と結びつきどのような事柄を表すのか,またその際どのような表現形式(<使役的表現>あるいは<非使役的表現>)が(どのような割合で)用いられるのかを捉えるための方法論的アプローチとして,コーパス調査を導入することについて述べた。
第2章では,関連する先行研究を検討した。
まず,動詞の意味的分類において「状態変化」の概念がどのように捉えられ,「状態変化動詞」が具体的にどのように扱われているかを概観した。また,動詞の語彙的意味および統語的特性に基づいた意味クラス分類における「状態変化動詞」の記述や,さらに,「使役交替」の可能性に関連して,「外的状態変化動詞」と「内的状態変化動詞」の区別に関する議論を検討した。
次に,「使役交替」について,主に派生関係をめぐる議論を体系的に整理した。自動詞を基本とする「使役化」「他動詞化」の立場,他動詞を基本とする「反使役化」「脱他動詞化」の立場,派生関係を認めない立場,言語類型論的観点から個別言語の特性として捉える立場などがある。
そして最後に,先行研究の不十分な点を指摘した上で,本研究の方向性について述べた。これまでの研究のほとんどが,典型的な使役交替動詞のミニマルペアを用いた,主に動詞中心の分析に留まっていたのに対し,本研究では,(i)使役交替しない動詞も含めて「状態変化動詞」を全体的に眺め,使役交替の成立・制限される意味的要因を明らかにすること,(ii)動詞と結合する名詞に着目したコーパス調査を取り入れ,事柄レベルの分析を試みること,(iii)(ii)に関連して,言語運用の観点から,使役交替に関わる「状態変化動詞」の用いられ方の実態を捉えること,に取り組む。
第3章では,本研究で取り扱う「状態変化動詞」を規定し,それらを,以降の分析の軸となる4つのグループに分類した。これらは,本研究を遂行する上での基本前提であり,基礎作業である。
まず,「状態変化動詞」の範囲を確定するにあたって,「状態変化」の定義やカテゴリー化における問題に触れた。そして,プロトタイプ理論の考え方に基づいて,周辺的なものも含めて幅広く,本研究で取り扱う「状態変化動詞」の範囲を具体的に示した。また,「状態変化」の様々な意味タイプについて概観し,それらを踏まえた上で,辞書の語義記述を手がかりに,ドイツ語の「状態変化動詞」をリストアップした。その結果,合計759の「状態変化動詞」が収集できた。
次に,「状態変化動詞」に関連する統語的現象として,自動詞における現在完了の助動詞選択と,他動詞における状態受動の形成可能性について検討した。
そして最後に,それらの「状態変化動詞」を,「使役交替」の可能性および構文形式を基準に大きく4つのグループに分類した。その分布は,他動詞用法のみの≪絶対他動詞≫が424例,自動詞用法のみの≪絶対自動詞≫が147例,他動詞用法と再帰用法で交替を示す≪他再動詞≫が97例,他動詞用法と自動詞用法で交替を示す≪他自動詞≫が78例,その他13例となっている。このことから,ドイツ語の「状態変化動詞」には使役交替を示す動詞よりも使役交替を示さない動詞-とりわけ,他動詞用法のみの≪絶対他動詞≫-の方がはるかに多いことが明らかになった。
第4章では,「状態変化動詞」の4つのグループについて,それぞれの意味特性を考察し,「使役交替」の可能性および統語形式の相違に関わる意味的要因を分析した。
まず,≪絶対他動詞≫について,動詞に含まれている意味要素を手がかりに,<非使役的表現>が制限される意味的要因を探った。その結果は,以下のようにまとめられる。
(i) 動詞形態に「手段」的意味要素-「(状態変化を引き起こす)行為(たとえばaufdrücken「押し開ける」におけるdrücken「押す」)」あるいは「(状態変化を引き起こす際に用いる)道具(たとえばaufriegeln「かんぬきを外して開ける」におけるRiegel「かんぬき」)」-が明示されている場合,その意味要素によって動作主の脱落がブロックされるため,<非使役的表現>が制限されると考えられる。ただし,当該の状態変化を引き起こす「手段」的意味要素が動詞に明示あるいは含意されている動詞でも,その「手段」が(たとえばabfahren「(タイヤなどを)すり減らす」のfahren「乗る」のように)反復的に行われることが前提とされる行為や(たとえばzuschlagen「ぱたんと閉める」のschlagen「打つ」のように)比喩的な意味を持ちうる行為の場合は,<非使役的表現>の形成が可能となる。
(ii) 動詞形態に「手段」以外の意味要素-「移動物(たとえばzuckern「砂糖を入れて甘くする」におけるZucker「砂糖」)」,「結果状態(たとえばsüβen「甘くする」におけるsüβ「甘い」)」,「結果物(たとえばtoasten「トーストにする」におけるToast「トースト」)」-が明示されている場合や,動詞に「副次的な語義としての行為」が含意されている場合(たとえばschleifen「研ぐ」)」も,動詞の語結合が表す事柄に「(何らかの道具を用いた)人間の行為」が含意されており,それによって動作主の脱落がブロックされるため,<非使役的表現>が制限されると考えられる。
(iii) その他,むしろ特定の人間の直接的な関与が想定しにくい場合(たとえばverheeren「(国・地域などを)荒廃させる」,zerstören「(建物・都市などを)破壊する」)」もあるが,これらは,語結合が表す事柄において,何らかの外的要因によって引き起こされるという意味特性が認められる。すなわちこの場合は,出来事に関与する「原因」の脱落がブロックされるため,<非使役的表現>が制限されると考えられる。
次に,≪絶対自動詞≫について,動詞が表す意味内容的特性から,<使役的表現>が制限される要因を探った。これは,以下のようにまとめられる。
(i) 動詞そのものが人間の関与が想定できない事柄を表すため,<使役的表現>が制限される場合である。これには,状態変化の主体の観点から見て,「人・動物の変化-肉体的要因による変化・心理的要因による変化(たとえばaltern「年をとる」,erröten「(心理的要因によって)顔を赤らめる」)」「植物の変化-植物の成長・衰退(たとえばaufblühen「花が咲く」,verblühen「花がしぼむ」)」「身体部位の変化-傷口の化膿・完治(たとえばeitern「化膿する」,abheilen「癒着する」)」「物の変化-腐敗・凍結(たとえばrosten「錆びる」,frieren「凍結する」)など」がある。ただし,自然現象的状態変化を表す動詞でも,その事柄に関して,原因格の主語が想定できる場合(たとえばreifen「熟させる/熟す」,roten「赤くする/赤くなる」)は<使役的表現>の形成が可能である。
(ii) 「状態変化」の事柄自体は人間の関与が可能で,そういう意味では<使役的表現>も想定できるにも拘らず,<使役的表現>が制限される場合がある。これに当てはまる動詞には,動詞形態に出来事の「様態(たとえばauffliegen「(ドアなどが)急に開く」におけるfliegen「飛ぶ」)」が明示されているという特徴が観察される。ただし,出来事の「様態」が<使役的表現>を制限する意味要素として機能しているとは言えないため,この点については再考の余地がある。
最後に,使役交替動詞(≪他再動詞≫と≪他自動詞≫)の意味特性について,≪絶対他動詞≫≪絶対自動詞≫との対比で眺めてみた。その結果,次の3つの使役交替のパターンが抽出できた。
(i) 基本的に人間の関与が想定可能な事柄を表すが,その関与の仕方が特定されていない動詞(たとえばbrechen「折る/折れる」,öffnen「開ける/開く」)に見られるパターン
(ii) 人間の関与が想定不可能な自然現象的事柄を表すが,原因格名詞が他動詞の主語として想定できる動詞(たとえばreifen「熟させる/熟す」röten「赤くする/赤くなる」など)に見られるパターン
(iii) 人間の行為が明示されているが,その行為が反復的な行為あるいは比喩的な様態の意味を表しうる動詞(たとえばabfahren「すり減らす/すり減る」,zuschlagen「ぱたんと閉める/ぱたんと閉まる」)に見られるパターン
(i) は典型的な使役交替のパターンである。しかし,(ii)と(iii)に当てはまる動詞は,統語的には使役交替動詞と言えるが,意味的には<使役的表現>と<非使役的表現>との間に本来の使役交替の意味関係が成立せず,厳密には(i)の使役交替動詞とは区別されるものである。
なお,≪他再動詞≫と≪他自動詞≫の意味的相違について,前者は,「程度的変化」「可逆的変化」「時間的幅を要する変化」を表すものが多く,後者は,「決定的変化」「非可逆的変化」「瞬間的変化」を表すものが多い,ということを述べた。
第5章では,コーパスから収集した22動詞の各100事例(第1次データ;2182例)および,「名詞+動詞」の144コロケーションの各10~30事例(第2次データ;2882例)に基づき,結合語句(<他目>と<自主>・<再主>)に注目しつつ,使役交替動詞の言語運用上の用いられ方を観察した。
その中で,使役交替における<使役的表現>と<非使役的表現>の対応には,結合名詞の意味内容が密接に関わっていることが明らかになった。すなわち,動詞それ自体は使役的用法と非使役的用法を兼ね備えているものでも,個々の名詞と結びつきコロケーションを形成する際には,両者の対応関係に制限が生じたり,割合的に差が生じたりするのである。調査対象となった144のコロケーションのうち,<使役的表現>のみ見られたものが63コロケーション,<非使役的表現>のみ見られたものが35コロケーション,使役交替が観察されたのは46コロケーションであった。
まず,<使役的表現>のみ見られる場合は,その事柄的意味特性において,≪絶対他動詞≫との間に意味的共通性が確かめられた。すなわちこの場合,当該の状態変化に関する「人間の関与」が含意されるか,あるいは「原因」が表現される傾向がある。
次に,<非使役的表現>のみ見られる場合は,その事柄的意味特性において,「絶対自動詞」との間に意味的共通性が確かめられた。すなわちこの場合,自然現象的事柄あるいは人間が直接引き起こすことのできないような事柄を表す。
このように,結合名詞を入れて眺めた場合,使役交替動詞における<使役的表現>と<非使役的表現>の対応には,≪絶対他動詞≫と≪絶対自動詞≫の対応に平行した「非対称性」が観察されるのである。
最後に,使役交替が見られたものに関しては,第1次・第2次データを合わせて10例以上の事例がある55コロケーションを対象に,<使役的表現>と<非使役的表現>の割合を調査した。そこでは,<使役的表現>の割合が高い(70%以上)ものが29コロケーション,<非使役的表現>の割合が高い(70%以上)ものが20コロケーションで,両者の割合に大きな差が見られないのは6コロケーションのみという結果が得られた。
このように,使役交替が可能な場合でも,それぞれの事柄の意味特性によって,実際の言語運用における<使役的表現>と<非使役的表現>の使用頻度には大きな片寄りが観察される。言い換えると,ある「名詞+動詞」の組み合わせによって表される事柄は,その意味特性に基づいた一定の認識パターン(使役的あるいは非使役的)で捉えられている(あるいはその傾向がある)ということである。
第6章では,本研究を総括し,今後の課題および展望について述べた。