Characteristics of Land-mortgage Contracts in the 18th- 19th- Century Myanmar Society: An Analysis based on Thet-kayits Manuscript
18-19世紀ミャンマー社会における土地質入文書の特質―テッガイッ文書に基づく分析―
本論文の目的は、ミャンマーの最後の王朝コンバウン時代(1752-1885)に書かれた、地方文書であるテッガイッのなかの借金証文を用いて、当時、地方の人々の間で行われていた借金をめぐる慣行を分析し、その基本的な性格を明らかにすることにある。そのなかでも数量的にもっとも多い農地を担保とする借金に焦点を当て、その分析をおこなった。
テッガイッは、ミャンマーの歴史資料としてきわめて重要な一次資料である。そのなかには、訴訟、土地取引、質入証書、相続などをめぐる多様な記録が含まれている。もっとも数多く書かれているのは、借金証文である。勅令や法典などと異なり、これらの記録を書いたのは、王朝官吏ではなく、地方社会に生きる一般の人々である。
テッガイッは、このように一般の人々の記録したものであっても、裁判にあっては、契約の記録として法的な証拠として扱われた。実際にテッガイッは複数の証人の前で、書かれ、そこには正確な日付、人名、場所、契約の内容が記されたのである。こうした特性は、テッガイッの歴史資料としての重要性を、よく示している。
本研究に使用した資料は、筆者が三回にわたりメイッティーラ地方で実施した調査において収集した364枚のテッガイッである。
テッガイッを用いて行われたミャンマー近世社会の研究はまだ非常に少ない。テッガイッの収集を先駆的に始められ、その研究に大きな貢献をされたトーフラ氏による複数の研究と日本の斎藤照子氏による研究が存在するほかは、ごく少数の修士論文にテッガイッが部分的に使用されているのみである。トーフラ氏の研究は、借金慣行、貨幣制度、裁判慣行など、従来明らかにされていなかった多くの歴史を発掘し、コンバウン社会史の進展の上で多くの貢献をなしている。斎藤氏の研究は、土地質入証文を分析し、コンバウン中期に再配分経済から、交換による資源配分への大きな社会変動が起こりつつあることを示唆したものである。しかしテッガイッの重要性に比して、まだまだ研究は端緒についたに過ぎない。本論文が対象とする地域は、ミャンマー中央部に位置するメイッティーラ地方である。メイッティーラは、コンバウン王朝の経済的中心のひとつであり、タウングーにおかれた地方長官の統治下で、120を越す村落を擁していた。
メイッティーラのコンバウン後期における経済は、主として農業に依拠しており、土地が生計の主要な手段であった。メイッティーラ湖とその周辺の灌漑システムは、農耕が主産業である当時、きわめて重要な役割を担っていた。社会の発展は、経済発展と密接に関連しているので、土地質入証文は、地域社会に関する貴重な一次資料となる。本論文で筆者は、土地質入や借金や作物借り入れ証文を通じて、人々と土地の関係、人々相互の関係を明らかにするようにつとめた。
本論文では、テッガイッの分析を通じて当時の土地質入の慣習に、特筆すべき三つの特色があることを指摘している。第一に、同じ質草である土地に、何度も重ねて借金をする慣行があったこと、第二に、債務者は、どれほど時間がたとうとも、その土地を受け戻す権利を有していたこと、そして第三に、債務者および債権者として登場するものが、個人ばかりではなく、しばしば複数の人々からなる集団であること、である。
本論の構成は以下のとおりである。
第一章では、土地質入慣行およびそれをめぐる社会関係を理解するために、メイッティーラ地方における歴史を明らかにした。メイッティーラ地方のミャンマー史における位置づけ、同地方に当時住んでいた人々の社会階層を考察し、同時にコンバウン時代の社会と農業経済に関する概説を示している。さらにメイッティーラで収集されたテッガイッの種類、分布も明らかにしている。
第二章では、1)テッガイッに登場する債権者、債務者、文書作成者、書記、証人、貨幣鑑定者、計量者、仲介者の役割および、彼らの相互関係を明らかにし、2)当時のミャンマーの貨幣制度と人々の貨幣受容のあり方を検討し、3)テッガイッの有効性を保障する証人の役割と、特に契約を結ぶに当たって仏教に関連する人々が果たした役割を論じた。
第三章では、土地と人々の関係を2つの側面より検討した。すなわち、1)どのようにして人々が、借金の担保として農地を用いることになったのか、2)土地質入証書に現れる借金契約の諸条件はいかなるものか、という点である。さらに人々が借金を負うことになった原因および、どのような形の土地質入があったかを探っている。その上で、当時の土地質入に見られる特色を分析し、人々が土地に対する権利を保持し続けるためどのような行動をとったかを論じている。
第四章では、農地をめぐる訴訟を記したテッガイッを主要な資料として、その分析を通じて、農地をめぐる訴訟の発生の要因として、相続制度および、上に示した当時の土地質入慣行の特色が存在することを明らかにした。とりわけ土地に対する権利の所有者が複数存在する点、および時間がいくら経過しても請戻しの権利が消滅しない点が、訴訟の発生に大きく影響している。
またこれらは、土地が人の手から手へと流動する要因ともなっている。
王国のすべての土地の唯一の所有主であるという王権の主張に基づいた歴史イメージに対比し、本研究では、王の権利が理論の枠にとどまるものであることを、実証的な研究を通じて示し、土地が持ち主を変えて流動するメカニズムを資料に基づいて明らかにした。土地の移動は、当時の質入、請戻し、そして相続の慣行を通じて実現し、またこれらの慣行は、しばしば特定の土地をめぐって、祖先から受け継いだ所有地であるという人々と、質入を通じてその土地の使用権を得たとする人々の間に訴訟を生じさせた。
テッガイッに記された契約に基づく複雑な質入制度が普及することによって、人々は土地を所得や利益の源泉としてみるようになり、こうして土地は商品という属性を身にまとうようになり始めた。
地方社会における現実の裁判のあり方を検討することによって、法廷は、紛争を調停によって解決していたことが明らかにされた。ミャンマーの社会においては仲裁が主たる道義の回復メカニズムであったのである。紛争の両当事者が、合意に至る道を示すことによって、お互いの主張の相違点を克服していたのである。そしてそれは当時の社会環境において適切な手続きでもあった。